整体





 欠伸をかみしめながら、木簡に目を通す。

 終わらせても、終わらせても減ることはないそんな作業に少々飽きを感じているものの、何とか気力を奮い立たせながら続けているとなにやら外が騒がしくなり作業を中断して、あたりを見わたす。

 そうするといつもならば、音など立てずに自然と足音を消している清瑞がどたどたと音を立てて走っていた。

 いつも無表情な清瑞がなんだか顔を青白くしながら、あせったように部屋に飛び込んでくる。
 こんなに清瑞がつらそうな顔をしているのは、俺が知る限りは船酔いで苦しんだとき以来だ。


「おい、清瑞どうしたんだ。何かあったのか」


「あっ、九峪か。すまん今お前にかまっている暇はないのだ」


 返事こそしたものの、清瑞はこちらを向くことすらなく、一目散に走ってあっとゆう間に部屋の窓から飛び降りていった。


「いったい、何だったんだ」


 しばらくそのまま呆然と立ち尽くしていると、またどたばたと外から音が聞こえてきた。


「あら九峪様、ごきげんよう」


「ああ、紅玉さん、こんにちは」


「あの清瑞さんはこちらに来ませんでしたでしょうか」


「来たけどなんかあっとゆう間に飛び降りて行っちゃったぜ」


 いったい何が起こったかわからずに、ただ戸惑いながら返事をする。


「そうですか、ではどちらにいかれたのですか」


「むこうに向かっていったが、あのいったい何があったんだ」


 分からないことだらけの中、何とかそう切り出すタイミングを見つけたが、その質問は今度もどたばたと走ってきた音の主によってかき消された。


「清瑞はここか」


 そう、叫びながら入ってきたのはいつも沈着冷静な亜衣であった。
 まあ、恒例の姉妹ゲンカのときを除いた時の話ではあるが。
 その亜衣はいそいで走ってきたのかずいぶんと息を切らしている。


「亜衣、いったいどうしたんだ」


「く、九峪様。すいません」


 怒鳴ってしまった相手に気づいたのであろう、亜衣は一転して恐縮したように謝った。


「いや、かまわないよ。でもほんとうに何があったんだ」


「いや、あの・・・・・」


 亜衣は伊雅だろうが火魅子候補だろうがきっちりと意見を言う彼女としては珍しく言いづらそうにしている。


「九峪様。私からお話いたしますわ。以前、清瑞さんと亜衣さんに整体をしたのですけれど、何度か続けなければ効果が続かないものですから二度目の整体をすることになったのですが亜衣さんにし終わったら清瑞さんが逃げ出してしまってそれで追いかけてきたのですが」


「へぇ、紅玉さんは整体ができるのか。初耳だな」


「そうだ、九峪様も整体をしてもらったらどうですか」


「あら、それはいいですね。ぜひともどうですか九峪様」


「え、いやいいよ」


 たとえ健康になるとはしてもさすがに清瑞が逃げ出すほどの整体を受ける気はしない。無表情の清瑞にあれだけ必死の形相にさせるのだ。


「いや、九峪様。ぜひともやるべきですよ。九峪様は大切なお体ですのでここはぜひ受けていただかなければ」


 亜衣は自分ひとりだけこんなめにあってなるものかと、そんな決意がありありと伺えるほどの熱心さで勧めてくる。


「そうですとも、このつらさは私一人だけではなく分かち合うべきなのです」


 そう、聡明な亜衣がこんな迂闊な発言をするほどに。


「はい、九峪様受けていただくということでいいですね。いえ、亜衣様がそんなに整体を気に入ってくれてうれしいですわ。あまり大きなゆがみでなかったから、今回に終わりにしてもいいかと思っていたんですが、今度ゆっくり徹底的にやりましょう」


 そういって微笑んだ紅玉さんに俺が断ることなんてできるはずもなく、この後の苦行を覚悟したが、やはり隣で踏まなくてもいい地雷を踏んでしまった亜衣は真っ白に燃え尽きてしまっていた。


 整体をしてもらうために紅玉さんの部屋に向かっていると、一人の兵士がかけ寄ってきた。


「神の使い様、亜衣様、紅玉様失礼いたします。亜衣様、星華様が今後の編成のことで相談があるとのことで、霧の間にて待っておられです」


「ご苦労、ではすぐに向かうといってもらえるか」


「了解しました」


 そういって、敬礼するとその兵士はくるりと後ろを向き、は走って去っていった。


「残念ながら、九峪様の整体にはご一緒できなくなってしまいました」


 本当に残念そうな顔をしている亜衣にそんなに人の苦しむ姿を見たかったのかとじと目でにらんだが、亜衣はどこ吹く風だ。


「いえ、気にすることはありませんよ。仕事がおろそかになっては何にもなりませんからね」


 そういって、微笑んだ紅玉さんがどこかしめたという顔をしたのに俺はまったく気づかなかった。


「九峪様、さあどうぞ」


 紅玉さんが部屋の扉を開けて妖艶に微笑む。

 最近やっと紅玉さんの色っぽさにも何とか慣れてきたが、その笑みを見たとたん心臓の鼓動が高鳴る。

 赤くなっているだろう顔をごまかすように部屋に入ろうとするときに夜遅くに部屋に二人っきりだと気づきさらに心臓はますますスピードを上げる。


「九峪様、どうかなさいましたか?」


「あ、いやなんでもないんだ。これすごい毛皮だね」


「ああ、それは整体をするときに使うために亜衣さんのところから借りてきたのですわ」


「へぇ、そうなんだ。てっきり紅玉さんが倒したのかと思ったよ」


「ふふふ、残念ながら違いますわ。トラ退治、一度はやってみたいと思っているんですがなかなか機会に恵まれてないので」


「そ、そう」


 その笑みはとても魅力的で一児の母とは思えないが先ほどの笑みとは違い俺には恐ろしさを感じるだけだった。


「九峪様、準備をしてきます。ちょっとお待ちくださいね」


 そういうと紅玉さんは部屋を出て行くと、一つ大きなため息をつく。
慣れてきたとはいえ、紅玉さんはまだまだ俺にとっては鬼門らしい。


 一息ついたころ、扉が開く。目に飛び込んできたのはぷるんとした大きな胸。
 その大きさは邪麻台国一。その大きさながら鍛えた体によって支えられているそれは少しもたれてない、そう火魅子候補の一人香蘭である。


「九峪様、こんばんわ」


「おう、香蘭。こんばんは」


「九峪様、香蘭に手伝ってもらおうと思いますがよろしいですか」


「ん、別にかまわないよ。香蘭よろしくな」


「香蘭がんばるよ。まかせるよろし」


 香蘭が胸をドンとたたくとそのたわわな胸が揺れる。
 思わず視線を釘ず気にされる。
 はっとして視線をそらす。
 香蘭は気づいてないかもしれないがおそらく紅玉さんは気づいていただろう。
 とはいえ何も言わないのは、俺との関係が女王への近道であると考えているためであろうことはよく分かっている。亜衣も俺と星華との時間を多くさせるように工作しているようだし。


「それでは九峪様。上着を脱いでもらえますか」


 言われるままに上着を脱ぐ。


「あのすみませんが下帯は脱がないでかまいませんが、下も脱いでいただけますか」


「え、いや・・・」


 さすがに抵抗があったので口ごもると香蘭が口を開いた。


「九峪様?何を恥ずかしがってるか。以前全部をみせてもらったときと比べればどってことないよ」


「こ、香蘭。そのときのことは忘れろって言っただろ」


「九峪様。いつの間に香蘭とそういう間柄に。私はしばらく御暇いたしましょうか」


「い、いや違う。断じて紅玉さんが考えてるような仲ではないぞ。香蘭も紛らわしいこというな」


「ごめんなさい。また香蘭とんちんかんなこというたか」


「あ、いや。気にするな」


 ちょっと涙目になった香蘭をなだめる。


「九峪様、そろそろ冗談はやめて脱いでうつぶせになってもらえますか?」


「分かった」


 先ほどのことがあったため、もう抵抗する気持ちさえなく言うとおりにする。


「両腕を顔の前に組んで、そこにあごを乗せてください」


 言うとおりにすると、香蘭が体をまたいで体に腰を下ろす。

 香蘭のやわらかいお尻が背中にあたり意識がそこに集中される。
 紅玉さんがなにやら説明してくれているが、はっきり入ってそっちが気になってほとんど耳に入らなかった。

 次の瞬間、肩のあたりをぎゅーと押され思わず、はぁーという息が漏れる。

 香蘭に気持ち言いかと聞かれ後ろめたさを感じつつ気持ちいいという。本当に天にも昇る気持ちというか気持ちいいのだ。

 時折紅玉さんと代わりながらそのマッサージは時間が約三十分は続いただろうか。時折胸が当たったりしながら天国のような時間が過ぎていった。


「それでは肝心の整体をしましょうか」


「あ、ああ。お願いするよ」


 紅玉さんのどこか恐ろしさを感じる笑顔に、忘れていたが整体を嫌がっていた清瑞の表情がよみがえってくる。
 俺のおびえた表情を見てその笑顔が恐ろしさを感じさせるものから本当の笑顔に変わる。


「ふふふふ。九峪様、そんなにおびえなくても大丈夫ですよ。思ってたより歪みは少ないですし」


 はぁ、とほうけた返事を返す。嘘をついているような表情ではないが、しかしながら清瑞や亜衣の表情を見てしまっている限り安心できるはずはない。


「まあ確かに痛くすることもできますが。効きは少し弱いですが別にそれほど痛くしなくても十分効果を出せますから。もちろん望みならばそういたしますが」


「そうか。紅玉さんも人が悪いな。亜衣たちにその説明しなかったでしょう」


「あら、九峪様は痛いほうがよろしいんですか?」


「いやいや、そんなことないです。ごめんなさい」


「冗談ですよ。九峪様」


 いや、絶対目がマジだった。思わず口に出そうになるのをぐっとこらえた。
 そんなことを口にすれば、清瑞でさえ逃げ出すような目に合わせられること間違いなしだ。


「それでは始めますよ」


 紅玉さんがそういうと体がばきぼきっと音を立てるが、いたいことはいたいが何とか耐えられないほどではない。

 しばらくすると香蘭が代わると言い出した。


 再び香蘭の体が当たる。その感触にほほが緩む。紅玉さんの妖艶な体も柔らかくて気持ちがいいが香蘭の体はこと弾力に関するならばさらにすばらしい。

 その感触を存分に楽しんでいると、紅玉さんのあっという声が響く。


 次の瞬間、バキャと言う鈍い音と共に声にならない悲鳴を上げる。

 紅玉さんの痛くする整体しか教えてなかったというつぶやいた。しかし悶絶する九峪がそのときは絶叫していたために、香蘭や九峪に届くことはなかった。
 その後、紅玉さんはうれしそうな香蘭をとめることができずに九峪の悲鳴はしばらくの間響き渡った。


 後日、今回の原因になった清瑞には責任を取って整体を受けさせた。
 紅玉さんに引き渡す前の清瑞は捨てられた子犬のような目をしており、決心が鈍ったが心を鬼にして鬼(紅玉さん)に引き渡した。








 (あとがき)
 ちょこっとだけ掲載したときから修正を加えてます。
 とはいえ、わかる人はほとんどいないでしょう。
 久峪は天国と地獄ですね。
 後、私は整体を受けたことはありません。火魅子伝の九巻で紅玉さんが亜衣と清瑞に整体しているのを見て思いついただけです。



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